スポーツ、まだ醒めない夢

動く一瞬一瞬の「驚き」「感動」に夢をのせて

青森山田 最期の10分に見た上沼恵美子の「スポーツ論」

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 前半33分、青森山田のエース・武田英寿(3年)が落ち着いて蹴り込んだシュートはネット右隅に突き刺さった。スコアは2-0。

 PKを取られたのは静岡学園のキーパー・野知滉平(2年)のイージーなファールからだった。埼玉スタジアム2002に詰めかけた5万6000人。そして、テレビの前の数百万の視聴者のほとんどは青森山田の優勝を確信しただろう。
 

 なんともゆったりと、非常にゆったりと白と緑のユニフォームは列を作り、ビブスを着た控えメンバーたちのもとに歩んでいく。

 ハグをするでもなく、ガッツポーズをするでもなく、最終的には膝蹴りのように中を舞い、一人仲間の元へ飛び込んだ。

 その振る舞いには自信がみなぎっていた。だが、慢心もあったはずだ。
 

 もし、この試合がM-1の決勝だったら…といらぬ想像をしてしまった。いちばん右端に座る方から、まさしく、こんな“叱咤激励”が聞こえてきそうだった。

青森山田には悪いんだけど、去年もU-18プレミアリーグも私は青森山田にがチャンピオンだと思いました。

 でも、そういう横柄な感じが青森山田に対しては感じました。だからちょっと厳しい意見も…。

 このステージは僕たちのもの、リサイタル、何の選手権でも緊張感も何にもない、そういうぞんざいなものを感じました」

 

 だが、この言葉、まさしく言い得て妙。サッカーことわざで「2-0は危険なスコア」と言うがあるが、「和牛」が陥ったように青森山田が、その1時間半後、そんなふうになるとは誰も思わなかっただろう。

 

 前半アディショナルタイムに1点返され、61分に加納大(2年)の美しすぎるシュートが青森山田ゴールのギリギリに収まった。同点。

 形勢は静岡学園に傾いたかに見えた。それでも青森山田に焦りはまだなかった。

 だが……。

 85分のフリーキック、ゴールに向かう起動のボールの先に静岡学園・中谷颯辰(3年)の姿があった。スーパー1年生の松木玖生がマークを外していたのだ。キーパーのとっさに出た左手も、虚しく空振り。逆転。

 

極限で燃える炎を私達は見たい

 

 ある漫才師はM-1の階段を降りて登場するときの曲、Fatboy Slim「Because We Can」を聞くと、どうしようもない幸福な高まりに胸が抑えられなくなるという。

 青森山田のイレブンは逆転された直後に埼玉スタジアムで歌われた、張り裂けるような「エンターテイナー」のチャントを耳にしたとき、それとは全く真逆の高まりに掻き立てられたのだろうか。

 

 同点に追いつかれてもディフェンダーがクリアせず相手を交わしたり、ゴールラインを割りそうなボールを無理に追いかけずコーナーキックを選ぶような余裕があった青森山田

 だが、同じチームとは思えないほど、目の前のボールを必死に追い回していた。タックル、スライディング、コーナーでボールを囲われたら3人で奪いに行き、ディフェンダーの神田悠成(3年)が倒れた静岡学園の選手を無理やり起こそうともした。

 そして攻撃は、逆転されたあとに交代投入された鈴木琉聖(3年)の驚異的なロングスローを存分に駆使。おそらく、年に一度あるかないか、練習でも想定していないような、ただ目の前のボールを追いかけるという場面を前にして、ベテラン漫才師のような青森山田は完全に姿を消した。

 だが、最後に静岡学園のキーパー・野知が立ちふさがった。PKで2点目を献上した男が、この土壇場にゴール前のボールをすべてキャッチし、攻撃の芽をひたすら摘んだのだ。

 

 試合終了。両者の緊張の糸が極限の状態で切れた瞬間、青森山田静岡学園もピッチ上に伏せて涙を流した。アディショナルタイムは4分近く経過。最高の10分間が幕を閉じた。

 残酷だが、人が極限まで必死になったときスポーツという炎はいちばん大きく美しく燃えるのだ。

 それはサッカーもM-1も一緒だと上沼恵美子は説いていたような気がした。